元教師ネタ

教師を辞めた理由~2億円よ、さらば!~

周りに教師を辞めると報告した際、

「公務員を辞めるなんて、もったいない!」と沢山の人に言われました。

公立教師の生涯年収は60歳定年として計算すると2億数千万円らしいです。

(今後は65歳定年になるからもっと増えますね)

 

皆さんの『もったいない』は、

①苦労して手に入れた公務員という安定した立場を捨てること

②もらえるはずの収入2億円を受け取る前に辞めるなんて!

だと思います。なぜそんな大金をあきらめて、私は教師を辞めたのでしょうか?

 

今回は熱がこもり長文となりました。興味のあるところをご覧ください。

 

最後の1年間、私が受け持ったクラス

前年に他の担任が受け持ち完全に学級崩壊させたクラスでした。

 

腕白な男子が多くケンカ、ケガ、素行不良、授業の抜け出しは常日頃でおとなしい女子達がおびえておとなしくしていました。

なぜそんなことになったのか?

問題の多くはその学級担任にありました。

ダメなことをダメと指導しない、褒めて認めない、共に楽しまない、子どもの様子や気持ちが見えていない、大人にさえあいさつが出来ない、コミュニケーションがとれないなど。

教師として当たり前のことができないと、賢い子どもたちはすぐに見破り、楽な方に流れていきます。

残念ながら、どうしてこの人が教師になってしまったのだろうと憤りさえ感じてしまう人がごくたまにいるのです。

私が担任を受け持ち、教師として当たり前のことをするだけですぐに普通の学級に戻りました。

元々パワーのある子ども達。

何をやるにも盛り上がり、褒めて伸ばせばどんどん力を発揮して、毎日の授業が楽しくて仕方がありませんでした。

保護者の方も皆協力的で、教師として学級経営や教材研究に打ち込めたので本当にありがたかったです。

 

なぜ、そんな最高のクラスを受け持っていたのに教師を辞めたのか?

 

一言でいうと、私もこんな可愛い子どもが欲しい、こんな素敵な家族を持ちたいと強く思ったからです。

自分の人生を歩めるかどうかの年齢のタイムリミットが来てしまったのです・・・。

 

ワーカホリックな教師時代

超就職氷河期に頭がおかしくなるほど勉強してやっと手にした教職。

天職だ!と楽しくて、だいたい夜22時まで働いて、休日も昼まで寝てから仕事することが多かったです。

独身&実家時代はこれでも良かったのですが、結婚したら大好きな仕事が思うようにできないし、家事はできずに主人に申し訳ないし。

家は滅茶苦茶、食事は外食か弁当、ケンカの絶えない日々。

ストレスによる下痢と蕁麻疹、生理不順。

甘い物&買い物依存に。誰に対しても態度も性格もどんどん悪くなっていく始末。

 

こんな調子だから、子どもなんて出来る環境・体ではなかったし、仕事が全てだから子どもが欲しいとは微塵も思っていませんでした。

結婚生活さえまともにできないのに、子育てなんてできないし、仕事に没頭できない。

そのうちでいいやと。

仕事・結婚だけでこのような状態。

 

ここに子作りと子育てが入ったら、甘いかもしれないけれど私は生きていけないと思いました。

 

もやし並みの私には体力の限界だった学校現場

学校って力仕事がかなり多いのよ・・・

小学校教員の男女比は4:6位で女性の方が多い職場です。

しかも、私が採用されたころは超就職氷河期で教員採用試験の倍率もかなり高く、職場では私の次に若い人が36歳でした。職員の高齢化も進んでおり、若者が貴重な時代でした。

 

将来は必ず校長になる世代と言われ、キャパがないのにかなり期待せれ、評価されエリート扱いでした。

なのでもやしでも、女性でも、若けりゃ馬車馬のように働くこととなります。

現在は都道府県によって採用倍率もかなり変わっています。

定年人口が増えてかなりの低倍率で教職に就ける自治体も増えてきました。

 

【力仕事の例】

・入学式などの式典の準備や片付け。演台やピアノ、赤い絨毯のロール、大量のパイプ椅子などを運ぶ

・運動会では腰砕けそうなサッカーゴールをどかして、テント設営(骨組みが激重)

・学習発表会や学芸会などの行事があれば大道具を倉庫から運んで、舞台の木組みを運んで組み立てる

・重い教材、ストーブ用の重い灯油などをエレベーターがない階まで何回も運ぶ

などなど・・・挙げればキリがないです。

yussa&ニャーニャ
yussa&ニャーニャ

もやしの自分は腰砕けそうになりながら必死で力仕事をしていました。

異動して初めての学校で、入学式の後すぐに片付けに参加して、買ったばかりの白いジャケットが汚れて毛羽立ってしまった時の哀しみは今も忘れません。高かったのにさ~。

着替える時間もないほど現場は慌ただしいのです!

 

 

妊娠すらままならない危険な現場

私は教師を退職してだいぶ経ってから幸いにも娘を授かりました。妊娠初期からずっと切迫流産、切迫早産で妊娠中はほぼ絶対安静で寝たきりで入院もしました。

もし、教師を続けていたら妊娠すること自体不可能だったと思います。奇跡的に妊娠出来たとしても、私のような体質では妊娠継続は出来なかったでしょう。

 

普通、妊娠しても問題なければ8ヶ月までは教壇に立ちます。

それは、一般企業でも同じだと思います。

ただし、教師は体育や大変な仕事は多少軽減されますが(健康な友人は体育も産休前までやっていました)、普段とあまり変わらない大量の激務、走り回る元気いっぱいの子ども達を相手に相当危険な職場であることは間違いありません。

実際に流産される方は多いです。妊娠どころではなく不妊治療をされている方も多いですし、結局お子さんが出来なかったという話もよく聞きます。

 

体力に自信がない教師が妊娠をして継続が不安なときは、ドクターストップをかけてもらい有休や病休を上手く使って、無理せず自分と赤ちゃんの命を守ってほしいです。

 

仕事に燃えていると、自分がいないとクラスも職場も困ると思いがちだけど、代わりは他にもいます。他の教師が産休や病休に入ると一時期大変だけれど、代わりの教師が来てどうにかなってしまうのが学校です。

 

でも、使命感に燃えているときは気が付かないものですよね・・・。

 

雑務が多すぎる教師の仕事

初任で勤めた学校の先生方は、私以外家庭を持っており、17時過ぎると私と副校長だけが残業しているという感じでした。

やはり、若い、独身だというだけで沢山の仕事が舞い込んできました。結婚しても子供がいなければ同様です。

自分も異常なほどに燃えていたので、それが当然と言わんばかりに、仕事を抱えてなんとかこなしていたのです。

 

毎日22時まで残業。帰宅してからも仕事。コタツでそのまま寝てしまい朝を迎える。朝フラフラのままシャワーを浴びて出かけていました。

 

今思えば色々おかしいですね。教師になるという夢が叶ったことでずっと浮かれていたように思います。

 

世間のイメージでは教師の仕事内容はどんな感じでしょうか?

授業をするための教材研究や授業の準備、学級経営、保護者対応、行事の準備など

以上はなんとなく想像できるでしょうか。

 

教師になって衝撃を受けたのが、それ以外の仕事が多すぎるのです!!!

 

①「校務分掌」という校内で教師に割り振られる仕事

これが大量すぎ!!

大量の中から例を挙げていくと、

・生活指導関係(給食、避難訓練、校外指導、交通安全、保健指導、特別支援教育、学校相談、清掃指導など)

・教務関係(教育計画、学校評価、通知表、授業時数の管理、時間割、教科書関係など)

・研究推進(学校毎に研究テーマがあり、それに沿った計画活動を行う。研究授業や校内研修、研究の成果を発表する大会、各教科毎の研究など)

・特別活動(委員会、縦割り活動、学級活動、クラブ活動など)

・その他PTA関連、地域との関わり、集金などの会計事務、備品の整備や管理、各行事委員会、旅行会・親睦会の幹事など

 

もっとあるよ~~ぎょえ~~~!!

yussa&ニャーニャ
yussa&ニャーニャ

まぁ、とにかく挙げればキリがありませんよ。遠い目・・・・。

教師として、授業の工夫、教材の研究、子ども達それぞれの個性や学力を伸ばし、子どもが生き生きと楽しく成長できる学級づくり、保護者への情報提供などを行いたい。

それらがやりたくて教師になった・・・。

でも、まずは先程挙げたような仕事をこなさないといけないので、かなりの時間と労力がとられました。

一番やりたいことまでいかずに後回し。常にジレンマとの戦いでした。

 

 

文部科学省、各都道府県、各市町村、教育委員会から降りてくる調査や依頼、大量の提出物!

とにかくやたら多い。〆切が短い上に内容が細かくて時間がかかる。やる意味のわからないくだらない内容が多すぎる!

思い出すだけでも頭にくる。これをやめてもらえば、どれだけ他の仕事ができたことか!

 

現場は無駄なお役所仕事にまみれている!誰の得にもならん!

 

③学校や教員が評価される機会が多い

学校では教育委員会やお偉方による学校訪問や、外部に学校開放、研究大会など学校が評価されることが多いです。

学校評価はそのまま管理職の評価、昇進に関わるので、管理職はもうこのために必死になって準備します。その弊害は一般教員にふりかかります。

 

高評価を得るために様々な書類の作成、整備、学校環境の美化、様々な見せ場を要求されます。

学校を外部に開いていくことは大事なことなのですが、学校で一番大切なのは子ども達の教育です。

それが後回しになるような機会が多すぎるのは困りものでした。

 

結果=子どもが欲しいけれど、教師を続けることは無理と判断

女性教師が仕事をしながら、家事をこなして、子どもも作って育休中にまた作って・・・なんて世間一般的には立場的に恵まれていると思うかもしれません。

公務員として守られた立場や制度、経済的にも困ることはないし、何を贅沢言ってと言われるかもしれません。

でも、そこには相当の苦労と様々なあきらめがあります。

子どもを産んで教師を続けている友人たちは、忙しすぎて普段子ども達と関わる暇もないし、記憶もない、何のために働いているのかもう分からないと話します。

 

私は教師が楽しくて、のめりこんで手抜きができない熱血な馬鹿正直者。

結婚してからは家庭とのバランスを考え仕事の手抜きもしてきた。

 

これ以上はもう手抜きをしたくない。

でも、自分の家庭を作りたい、自分の人生を歩みたい。

 

今、教師としてこのクラスを最後に、やりきったという気持ちなら、辞めても後悔しない自信はありました。

 

自分の幸せのために辞めるなんて、子ども達に申し訳ないかな?とも思ったけれど、子ども達は沢山の教師と出会うことでさらに成長するものですし、自分の代わりはいくらでもいると気がつけました。

 

yussa&ニャーニャ
yussa&ニャーニャ

虚弱体質なのに精神力だけで教師を続けていましたが、私には子どもを作るというパワーは少しも残っておらず、子どもを持つという第2の夢の為に退職を選びました。

これは大きな賭けでした。子どもが必ず授かるという保証はないのですから。

実際、私は今までの無理が大きな代償となり、娘を授かるまでに大変な苦労が・・・。

主人は今までの私を全て見ていたので、自分がその分頑張るからと退職に賛成してくれました。もっと主人に感謝しなくちゃね!

 

 

まとめ

手抜きができない自分のキャパを大幅に超えた労働は、精神や肉体をむしばんでいたようです。

幸せな家庭をつくりたいという第2の夢のために教師を辞めてから、心身ともに穏やかで幸福な日々を送ることができています。一度も後悔したこともないです。

教師というやりがいのある職を失い、今後約2億円は頂けないことになりましたが、この決断は間違っていなかったとはっきり言えます。

もちろん、これから必要となる子どもの教育費や老後の蓄えを考えると不安もあります。

しかし、お金には代えられないものがあることに気が付きました。

過去に難しい決断をした自分を褒めまくってあげたい!!

 

よくやったね~~~♪

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

元教師が語る素敵な保護者とは~イメージアップ&必殺技編~私が小学校教師を辞めてから約10年経ちます。 担任をしていて子ども達とは毎日会っていたけれど、保護者の方々とはたまにしか会いません...

 

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